一浪京大生が見たもの

現役時代は全模試E判定不合格の受験生が、1年の浪人で全模試A判定京大合格に辿り着いて見えたものとは。

〇〇大学に合格する、とは?

受験生は「志望」校を、最終的に自分が合格したいところとして自分の目標として定めます。
では〇〇大学に合格するとはどういうことなのでしょうか。
単純にその大学に受かるレベルの学力、偏差値があり、受験当日に合格最低点をとれた、それで「合格」なのです。
しかし私はこれに加えて、求める素質、素養、感性、視点など、その大学が入試選抜において求める能力が「合格に見合うほどあった」からこそ、合格できるのではないかと、長い受験勉強の終盤に気が付きました。


ではそのような素質などはどうすれば分かるのでしょうか?それは目指す大学が発表している出題意図から分かります。具体的に私が合格した京都大学を例に、中でも受験の際に使用した世界史Bについて見てみたいと思います。
一般選抜学生募集要項には


「世界史」の出題では,狭義の一国史よりも地域社会を単位として重視しつつ,政治・
社会・文化の様々な側面について,個々の地域世界の内部の展開および地域世界間の相
互関係を適切に把握しているかを問うことに重点を置いています。


とあり、青字の部分がキーワードなようです。これを基に令和二年度の世界史B大問1を見てみる(大学のホームページに掲載されています)と、「ユーラシア大陸のイラン系民族の活動と中国への影響」に関する問題となっており、「イランの一国史」というよりもユーラシア中央から東部中国まで及ぶ「地域社会」に関する出題となっています。
このように、出題意図にある「受験生の何を見ているのか」が問題の奥底にある本質的なものです。
今回は世界史Bを例に挙げましたが、そのほかの科目でもこのような分析はできますし、それが難しくとも、きっと問題の本当の狙いを考えてみるとそこに行きつくはずです。


高校はほとんどの人が進学する点で「進学すること」が目的になっていますが、〇〇大学に合格するとは本来「その大学に入って勉強するため」「ほかのどの大学でもなく、その大学でこそ勉強がしたいため」であるはずです。なぜなら入学するために課される、受験生を選別する際の手段が「勉強」であるからです。
ですから「ただ」偏差値が高い賢いだけでなく、〇〇大学に合格するための素質における「偏差値」においても高めていく必要があると考えます。
ところが、このような見方をできている受験生はそう多くはないはずです。私が現役生の時もそうだったように、模試やテストの偏差値にばかり目が行ってしまいそれを上げることにばかり注力してしまいます。
もちろんシンプルな学力がないとその大学を受けるライバルとの土俵にも立てませんからそれも大切なことです。
ですがそこを一歩引いて、自分の目指す大学はどんな「素質」を求めているのだろう?そんなことを考えてみると、周りの受験生よりも「受験」というものを少し俯瞰して見ることができますし、合格への距離も、より速い乗り物に乗って進んでいくことができるかもしれませんよ。